精選版日本国語大辞典に、この語についての歴史が載っています。
(「おまえさま」の変化した語 ) 対称。江戸時代には、一般社会でも遊里でも使用され、かなり高い敬意を表わした。庶民階級で、妻がその夫を呼ぶ時にも用いる。おまいさん。
[初出の実例]「なるほどおまへさんのおっしゃるが御尤でござります」(出典:洒落本・青楼五雁金(1788)三)
御前様の語誌
( 1 )近世前期上方で生まれ、最高の待遇価値をもった「おまえさま」の親愛的な表現として一般に普及した。
( 2 )近世後期に「あなた」が生まれて敬意を下げたが、上方では「おまいさん」、遊里から生じて広まった「おまえはん」「おまはん」など多様な形があり、江戸では庶民に「おめへさん」の形で多用された。
「お前さん」は、江戸時代には主に目上の人に対して使われており、現代でいう「お客様」などと同程度の、強い敬意を持っていたようです。
敬意逓減の法則 (pejoration) に基づき、昭和の時代には「お前さん」が持つ敬意はかなり低下していました。妻が夫に呼びかけたり、対等な同僚や友人に呼びかけたりする際のフレーズとして広く認識されていました。
現代では「お前さん」の使用自体がかなり稀になっており、現実世界では廃れつつある呼称です。今では落語、演歌の歌詞、昔話などで聞くことがある語として主に認識されています。
ただし現代のフィクションでは、様々な世界観の作品で、古風な呼称として比較的広く使われています。例えば、老婆の魔女、老賢者、高飛車な王族、気難しいドワーフの鍛冶屋、といったステレオタイプを持つキャラクターは、今でも「お前さん」をしばしば使っています。こういう場合の「お前さん」に「お前」のような失礼さはありませんが、明確な敬意もありません。